コラム2021年7月 後継者・幹部に必要な思考 「肯定的思考」
お世話になっております。
後継者・幹部が身に着けるべき思考法として、5月・6月の2回に渡って「論点思考(イシュードリブン)」をご紹介しました。
今回は、思考法の2つ目「肯定的思考(ポジティブシンキング)」をご紹介したいと思います。
前回の論点思考よりも、肯定的思考(ポジティブシンキング)の方が意味はイメージしやすいと思います。
その反面、「論点思考」や「クリティカルシンキング」「ロジカルシンキング」のように、一般的な定義が明確に決まっているものでもありません。人それぞれの定義があると思います。
このコラムでは「経営における」思考法を紹介していますので、単純に「明るく前向きに生きよう」という意味ではありません。
私は、経営におけるポジティブシンキングとは、「70点でも何とか進める方法はないか?を考えること」だと考えています。
1:おしぼり入れる/入れない論争
前職のコンサルティング会社時代に、パンの製造・小売をやっている会社を担当した時のことです。
業績悪化に伴いコスト削減が急務であり、全ての費目を対象に削減策を検討していました。
詳細金額は忘れましたが、消耗品費の中に「おしぼり代」が数千万円単位で計上されていました。
全ての小売店舗で、お客さんがパンを買った際にウェットティッシュタイプの個包装おしぼりを渡していたので、おしぼり代といえど多額のコストとなっていました。
そこで、まず私が提案したのが、「おしぼりを入れるのをやめてはどうか?」ということでした。
お客さんはなぜこの店でパンを買ってくれるのか?通勤・通学途中などの便利な場所に店舗があり、パンが美味しいから買ってくれるのであって、おしぼりをくれるから買ってくれる訳ではないはずです。
おしぼりを入れないことによって、少し不便に思うお客さんはいるかもしれませんが、それでパンを買わなくなるとは思えません。もしかしたらごく少数、パンを買わなくなる人が出てくるかもしれませんが、圧倒的にコスト削減額の方が大きいはずです。このような意図で、「おしぼりを入れない案」を提案しました。
これに対して、最初は会社側の方々は反対をしていました。「おしぼりはパンを食べる前に手を拭き、清潔に食事をしていただくために必要なもの。食品を扱う会社としておしぼりを入れないなんて、衛生意識がないと思われる」というのが理由です。
そりゃもちろん、おしぼりを入れないより入れた方が、お客さんの満足度は高いに決まっています。業績に余裕があるときなら、おしぼりにお金をかけるのは問題ありません。しかし業績が悪い時にはそんなことは言っていられないはずです。その一方で「あんぱんの餡子を少し減らして…」などと議論をしているのです。お客さんを大切にするのであれば、消耗品で削れるコストは削って、その分材料などにちゃんとお金を使うべきだと思いました。
会社側の主張は、「コスト削減もしたい(しなければならない)が、全てのお客さんに今まで通りのおしぼりを配り続けることにより、“衛生意識”を批判される危険も避けたい」ということです。
要は、「何も変えないでコストは削減したい」ということですが、矛盾しているので結果何もできません。
「100点満点の答えを求めていて何もできない状態」です。
このように「できない理由」を主張されて、「うーん…それはしょうがないですね…」となっていたら現状は何も変わりません。
ここで、肯定的思考(ポジティブシンキング)により「70点でも何とか進める方法はないか?」を考えます。
具体的には、以下のような選択肢が考えられました。
②おしぼりではなく、紙ナプキンを入れれば良いのではないか?
(これも①同様の趣旨。おしぼり程上等ではないが、紙ナプキンを入れているため衛生には配慮していることになる。さらにおしぼりより安いのでコスト削減効果も得られる。おしぼりを求めたお客さんには渡せばよい)
③(①②と並行して)おしぼりを少し薄く・小さくする
(お客さんはおしぼりではなくパンを買っているので、おしぼりが薄く・小さくても問題はないはず)
上記の仮説を持ったうえで競合他社のパン小売店舗を視察してみると、①②③ともに複数店で事例が見つかりました。
上記の検討結果を、競合他社での事例(写真付き)も添えて役員に報告しました。
ちょうど私が他のプロジェクトに異動する時期だったので、実際にどの案が実行されたかは分かりませんが、役員の納得感は得られたと思います。
2:なぜ肯定的思考(ポジティブシンキング)が重要か
後継者として会社を継続していくためには、大小はあれど「変化を起こすこと」が求められています。
なぜならば、先代が経営した20-30年の間に時代は変化しているからです。
変化を起こす際には、必ず「このようなリスクがある」といった「できない理由」が出てきます。
これ自体は組織としては健全な反応ですし、リスクを考えること自体は、絶対に必要なことです。
ですが、そのような「できない理由」を覆せずにいると、何も実行できなくなってしまいます。
これに対し、「リスクは許容範囲まで抑えつつ、目的を達する」ための手段を考えるのが、
「70点でも何とか進める方法はないか?」という肯定的思考(ポジティブシンキング)です。
後継者が肯定的思考(ポジティブシンキング)を駆使して変革を起こすことができたら、従業員からリーダーとして認められるきっかけになります。人は変化が起きることによって、「世代交代」を実感するのです。
3:答え70点、実行100点
「70点でも進める方法」を考えたら、施策の実行は100点(やり切る)でなくてはなりません。
進捗管理やインセンティブ設計などやるべきことは色々ありますが、先代の時代には年齢的なものもあり、トップ自身が細かく進捗管理まではしなくなっているケースも多いです。ここで、後継者自身が先頭に立って「やり切る」強い姿勢を見せると、本気度が伝わり一層世代交代を促進することができます。
この「実行力」については、また回を改めて書いてみたいと思います。
4:肯定的思考(ポジティブシンキング)の出発点は「論点思考」から
前回から読んでいただいている方は感じたかもしれませんが、肯定的思考(ポジティブシンキング)も、まずは前回の「論点思考」を実践することから始まります。
おしぼりの事例においても、
・そもそも当社は何のために存在しているのか?
⇒ おしぼりを配るのではなく、便利な立地で、美味しいパンを提供するために存在しているはず
⇒ おしぼりを配るかどうかが論点なのではなく、「いかに不快感を抱かずに美味しいパンを食べて頂くか?」が論点である
という正しい論点設定が前提としてあって、では「70点で良いから進められる方法は?」と考えることになる訳です。「おしぼりを配るのは是か非か」を論点に設定すると良い答えは出てきません。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました!次回は、
③ 批判的思考(クリティカルシンキング)
の解説をしたいと思います。